日田の創世神話「ホークス・キングダム」から読み解く
パワースポット「月出山岳と高住神社」の世界
日田は古代「日鷹」と呼ばれ『豊後国志』などに記述された鷹神という創世神話が存在しています。鷹神とは八咫烏的な、日本太陽信仰の象徴だと思います。春分の日の早朝に日隈山から太陽を見たら月出山岳(かんとうざん)山頂から昇り始めます。冬至は玖珠の切り株山、そして夏至は一寸八寸山(みおやま)から太陽が昇る。
月出山は三つの山の連山になっています。この事を「三危太白」と言い、「聖山」の事を意味しています。なんと田川の香春岳・英彦山・阿蘇山もこの三連山なのです。そして、この山の信仰がすべて「鷹神」なのです。
月出山と書いて「かんとう」と読み、「かん」の意味は「神」を示していると思います。例に、神主とかいて「かんぬし」。中世以後「神」を「かん」とも言います。「と」に関しては、小野の「戸山神社」から読み解けるかもしれません。戸山神社は、石体大明神と鷹神(鷹の神紋)の神社です。祭りでは「うそ」という鷹の彫刻をつくり配り、戸山とは鷹山の意だと思う。月出山のすぐ西には「高住神社」がありますが、英彦山にも高住神社が存在し日田の藤原恒雄が創建となっていて、ここも「鷹神」です。
高住=鷹住であり、日田の高住神社(磐座信仰)付近は「高倉」という地名と姓があり、鷹の意を含むと思います。ちなみに英彦山の高住神社の信仰の真上の山は「鷹巣山」です。
日田の地名の起こりの久津媛神社は月出山を拝み、元大原神社の鞍形尾神社は、日田の高住神社を拝みます。詳細は書きませんが、鷹=高=田=戸がみえてくるのです。
日田の古代において、この有田(鷹?・荒田彦?(葛城系図の鳥羽宿禰の兄弟))が凄く重要に思えて仕方ないです。日田中世の豪族も有田に存在し、藤原恒雄は大化の改新で敗れ藤山町で隠居(森春樹)しています。阿蘇から筑豊にかけての鷹王国が古代に存在していたのです。その中核が日田にあったと思います。ちなみに、五馬媛の近くの阿蘇神社と金凝神社も鷹の神紋。大山ダム付近も鷹信仰が残る。
大原神社の扁額に書かれている「東から鷹(太陽の化身)が飛んできて、そこが月窟地」だったと書いているのも、日田という地名は太陽(日)と月(田・鷹・御饌)の二面性を持った場所だった。それが口の中に-と+の陰陽があるのかもしれない。日田にとっての聖山は月出山岳と感じる。