「ひたって何だろう?」素朴な疑問をもとに、改めてこのまちのデータを掲載した『まちを知る、考える』特集、第一回目は11年前でした。 以来、数年毎に掲載し今回第4回目となりましたが、全国同様相変わらずの「人口減少」と「世帯数増加(核家族化)」は続いています。あと初夏の暑さも!! 10 年一昔と言いますが、変わった事変わらぬ事を、少しお伝え致します。
まずは嬉しい変化から。移住者の増加が続き、この10 年の中でなんと8回も大分県内で移住者数第一位を獲得しています。同時にどこかで転出者が増えていると思うと複雑ですが…。選んで良かった、帰ってきて良かった、生まれて良かった!と、思ってもらえるまちになる為に出来る事を、全員が考え続けねばならないという事でしょう。そして決して「変わらない事」は、第一回特集の中からここに抜粋いたします。
(ひたとは)盆地の底を中心とした、まちの境が示す土地のこと。その土地の中に住む人々の生活や文化まるごとひっくるめて「ひた」。太古の昔、およそ9万年前、北海道まで灰が降り積もった阿蘇山の大噴火で(近隣の様々な噴火ももちろん影響)盆地の基礎が形成された。1万年以上前にこの地に人が訪れ、2千年前の米づくりの始まりとともに小さなムラやクニが形成されていき、そこから永い時間をかけて、ここで暮らした人々によって、生活・仕事・遊び・食と様々な文化が積み重なって創られてきた。単にその時々の時代の流れに影響されたものや、この土地に合ったから残っていったもの、自然なかたちで漠然と繋がれてきたものもあるしだろうし、あるいは先人達が必死で繋ぎ止めてきたものもあるかもしれない。そんな歴史ごとひっくるめて、今の「ひた」はある。
今の日田の規模は、時代の流れの中で市町村合併により形づくられたものだが、合併前の各地域、そして150年近く前の「日田県」よりもさらに以前から在った各地域の「らしさ」というものは、なんらかのカタチで(例えば祭りの中とかに)それぞれ残っていて、それはいまだに失われていないように思う。
なかなか相容れないが実は「違いを認め合う」そんな意識が潜在的に、底霧のようにこのまちを大きく包み込んでいる。なんだかとても素敵なこと!
底霧と言えば、前ページの写真は、財津町「竜体山」展望所からの景色。美しい底霧の景色を楽しむのに最適な場所。当然ですが、盆地なのだからそういう場所は他にも沢山あるし、その幻想的な景色を頻繁に楽しんでいる人もきっといる。しかしなにより凄いのは、多くの市民が「体験を共有」していること。以前も書いたが、「自然を大きくコントロールすることは人間には出来ない」という共通認識を、底霧のベールの中で、私達は幸いにも潜在的に持ち合わせているのだ。
先月号にも書いた通り、今は一部の大人に任せて安心を得られる時代ではない。この10 年でそれに拍車がかかっていると感じる方もきっと多いはず。多様な形で様々な市民が、まちのそして国の事に、興味を持って関わっていくような日田に、もっともっとなったらいいなと思う。その際重要となるであろう事が、感じられるエピソードを一つ最後にご紹介します。上記の「ひたはわたし。わたしはひた。」これは第一回(2015年6月号)掲載時と同じ言葉。実はこの時、読者の感想の中でとある高校生がこんな言葉を葉書で寄せてくれていた。『わたしはわたし』。針の様に心に刺さり、考えさせられた。彼女は現在どこで暮らしているのだろう。どこにいようともきっと「自分は自分」と大地にしっかり立って生きているに違いない。





