「古謡」って何?
雅楽、お経が起源の声明(しょうみょう)、三味線を広める役割も果たした琵琶法師、能や歌舞伎や浄瑠璃…等々、長い時間をかけ変化・発展・定着していった様々な国内の音楽の中で、江戸後期から明治大正昭和にわたり、各地の庶民の間で口から耳へと伝わりながら、曲・歌詞・歌いまわし・踊り・演奏等で細かく独自の「その土地らしさ」を孕んでいったのが俚謡(さとうた)あるいは民謡と呼ばれるものです。わらべ唄や仕事唄、祝唄なども民謡です。 民謡という言葉自体は1900年代から使われ始めたのだそうで、「古謡」は民謡のより古いものを指し、日田で唄い継がれてきた民謡の中で比較的古いものが古謡「コツコツ節」です。起源はハッキリしていないそうですが、安政年間(淡窓さんが亡くなる前後?)から唄い継がれてきたとも伝えられており、天領時代の名残をそのまま残した唄い方を、これまた天領の名残そのものでもある存在だった地元の芸妓・舞妓さん達が辛うじて現代へと唄い繋いでくれた、貴重な民謡の一つなのです。
かつて全国を調査した有名な民俗学者柳田國男による民謡の分類(p6)には、何故か川舟や鵜飼の文字は見当たらず、仕事唄としては海ばかりだし、川で遊ぶような唄も記載が無い…。理由はわかりませんが少なくとも、「水郷日田の古謡・民謡」は、天領時代の名残として細くも繋がってきた「江戸っぽさ」が今となっては逆に貴重な特徴となり、今後益々その希少性は増し、改めて大きく見直される時が必ずくるのではないでしょうか。その事にとっくに気づき行動してこられた方々には敬意と感謝しかありません。
ジワる、シブさ。
そんな先人達と、現在も日田の古謡・民謡の普及や魅力発信に直接尽力されている方々とのお陰で、今はネットでも色んなコツコツ節に触れる事が出来るようになりました。10年以上前に元芸妓の五月さんの「正調コツコツ節」をyoutubeで発見し初めて聴いた時には正直「魅力がよ〜ワカラン!」一瞬真似てみようとしたらとにかく「ムツカシ〜〜」そんな感想しかなかったのに、今はすっかり他の曲と共にその魅力にハマってしまいました。聴けば聴くほど、自分が歳をとればとるほど(?)その抑えた唄の表現とゆっったりとした三味線の間に、心(脳?)の中に勝手に広がる情景を楽しめるようになってきたからです。じわじわじわじわと、まさに燻し銀の味わい。と・に・か・く・シブい!
コツコツ節が、「転勤節」と呼ばれた由縁
二番からあとの文句は、替え歌になっているが、音律がむずかしく、覚えるのに骨が折れる。役所など出先機関の多い日田市では、この歌のことを別名「転勤節」ともいう。そう当に歌の好きな人でも、三味線にのせて歌えるようになるころには、(次の)転勤が待っている、というわけだ。
九州のうた100_その風土とこころ_(1982年)より
水郷日田の 古謡・民謡の価値に気づいていた先人たちの言葉
日田市で歌われておる端唄風の民謡である。日田市は徳川時代天領で、幕府の直轄地であった関係上、江戸との往来も繋く、その風俗習慣は多分に上方の影響を受けて、都会化されたところが多い。この唄も三味線で歌われて郷土色に乏しいが、
極めていやみのない「粋な唄」である。
日本民謡の研究家、町田嘉章氏(池田範六「日田文化13」(1970年))より
大分県は由来、小藩分立の関係か、全国的に歌われる民謡が生まれてきていないようだ。県代表をしいて挙げるならば、盆踊りとしては洗練されて大衆動員参加の出来る「鶴崎踊り」に、五木の子守唄以上の独自性のある「宇目の歌けんか」それに俚謡、小唄のお座敷唄「コツコツ節」ぐらいのものではあるまいか。
池田範六「日田文化13」(1970年)より
心の戸板をたたく音
民謡は口伝メインの庶民の自由な音楽だったので、曲が流行り唄のパクリだったり笑(コツコツ節も実はそうらしい)、似たようなフレーズがあちこちにあったり、歌詞がどんどん変化したり、何のことやらわからない歌詞があったりしがちなのだとか。面白いですね!確かに時代の変化で伝わりにくくなってしまった言葉がたくさん入っていて、余計に民謡を分かり難くさせているような…しかし、ソコにこそ面白味が隠されているのです。
今回この曲をネットとCDで何度も見て、聴いて、一つ強く感じている事があります。まさにソコこそがこの曲の難関とされる「合いの手」部分の「ア(は)ぁコツコツ」の表現についてです。船頭さんの竹竿が舟べりに当たる音とか、鵜匠が鵜とのコミュニケーションで使う舟べりを叩く音など、何種類もの音を表現していると昔から言われています。全て合っているのだとは思いますが、もしかしたら、メインはやはり「三隈川に沢山浮かべられた、山から切り出されてきた杉丸太が水上で静かにぶつかり合う音」なのでは?と。あくまで個人的な分析ではありますが。上記写真の時代(昭和初期)の生々しい記憶が地域で薄れていくと同時に、意味合いとしても弱まり小さくなっていったのでは?と考えています。しかし、もしかしたら直接その音の記憶を持つ(あるいはそんな人物から伝授されていた)可能性が高いかもしれない五月さんの、その抑えに抑えた表現から、想像はふくらみ不思議と納得感が生まれるのです。…波のない水面に貯留された丸太たちが時折り風に少しだけ動かされお互いが静かにぶつかり合う、その時現れる、決して高くも激しくもなく、ふくみのある、水と木が奏でる独特の響き音…皆さんはどう思われますか?
音楽を聞いて楽しむ音楽と
唄って楽しむ音楽に分けるとすれば、民謡は
唄って楽しむ音楽にはいるのではなかろうか。
櫻木敏光「香魚(あゆ)の夜話_日田の鮎押し_」(1993年)より

かつて映画の取材に日田に来遊した、映画監督の山本嘉次郎さんは、此のコツコツはええ歌だ、どこかに江戸小唄の名残りがあって、流石に天領日田の面影をしのぶことが出来るといって、口三味線で膝を軽く叩いて微吟しておられた。作家大仏次郎先生に、三隈川の遊船で、コツコツ節と祇園囃子を披露したところ、池田さんやええ歌じゃないか、ええ囃子じゃ、日田天領時代の名残りといえば、こんなもんじゃないかな、大切に保存しなされやとはげまされた。
池田範六「日田文化13」(1970年)より

音楽は五感の砥石
情報過多のSNSや動画の世界で「短さ」が必須事項となっている今なら、日田祇園囃子のレパートリーにも存在する民謡の「端唄」などは特に拡めるチャンスなのかもしれません。次ページに紹介した「おりて行く」など、こんなにも短く簡潔なのに最高にカッコイイ一曲です!分かり易い説明と答えが即刻求められるこのAI時代に、面倒くさい「口伝」の民謡世界の醍醐味は、分かり易さとは真逆の、相手の内面をも聞き取る自らの「洞察力と想像力」そして「謎を謎のまま保持出来る能力」の必要性と、いつの時代もそれを人間が失ってはならないという事を改めて教えてくれます。そんな、ネットの中では得られそうにないものをネットきっかけで知ってしまったような…少々複雑な気分ですが、お陰でネットの外(そと)にある民謡の奥とその周りのこと(唄も踊りも楽器も全て)をもっともっと知りたくなりました。人の歴史と暮らし・生き物・自然…この世の森羅万象が盛り込まれている民謡の世界を、もっと!!
民謡新時代の幕開け
日本の伝統文化を絶やすまいと尽力し続けている方々のお陰で、日田でも家から一歩外に出て民謡に触れる機会をつくる事も出来ます。民謡教室が公民館などで開催されている所もありますし、「コツコツ節全国大会」も今年で第5回を迎え、全国各地から参加者も増えているそうです。また、一月に開催された「できちゃった音楽コンサート」では市民とプロ作曲家が協同で日田の新しい曲創りに挑戦・十数曲完成・披露していますが、「水郷節」の新しいアレンジ作品で民謡教室の子ども達・日隈小金管バンド・市民コーラスなどの想像もつかないようなコラボも見ものですよ!(右ページ参照)。外から中から民謡の世界を楽しめてじっくり堪能できる、平和な日田をいつまでも守り続けましょう♪
第3回「日田の古謡」講座 3月8日(日)桂林公民館(集会室)
第5回「九州民謡王座決定戦」「コツコツ節全国大会」
3月14日(土)・15日(日)パトリア日田大ホール
「できちゃった音楽コンサート」 1月25日パトリア日田大ホールで開催されたコンサート当日映像をKCVが放送!3月21日(土)から1週間



