
○ 日田市銭渕町 ○84歳 ○中津市本耶馬溪 出身 ○日田市博物館協議会 委員長/日田市高瀬振興協議会 会長/日田三丘の森と史跡を守る会 会長/大分県地球温暖化防止活動推進員
長年にわたり自然調査活動に携わり、大分県日田市立博物館協議会の委員長を務められる古田京太郎さんが社会教育功労者表彰(文部科学大臣表彰)を受けられました。「郷土日田の自然調査会」においては、日田全域の自然に関する調査・研究に取り組み、40年以上の時間を費やし、13冊の資料にまとめられています。現在では環境カウンセラー、森林インストラクター、グリーンインストラクターの資格を取得し、ライフワークとして子どもたちの森林体験なども行っています。
郷土日田の自然調査会の活動
「私は昭和16年に北京で産まれ、終戦の翌年に中津市本耶馬溪に帰国してきました。学生時代はなんとなく『自分は教職に向いているのかなぁ…』という気持ちで大分大学の教育学部(当時の学芸学部)へ入り、そこで植物学を専攻し、主に森林植生について学びました。まさにそれが活かされ、今に繋がっています。卒業後は大分市の学校を希望していたんですが(笑)、日田の三隈中学校に配属となり、そこからずっと日田におります。理科の専門で現職の時から毎年夏休みの時期には森へ入り、植物の調査などを行っていました。同時に日田市博物館の協議会委員を30代前半からしており、学校の職員と同時に博物館の委員として携わっておりました。当時博物館には梅木薫平さん(後の溝口薫平さん)が職員としていらっしゃり、町づくりのことなど話しておられましたよ。その後70年代後半に入り、スーパー林道ができるという話に僕らは反対運動をおこしました。自然の中にあんな人工物を造るなんて…。しかし国の事業ですし、避けられないだろうということで、7、8人の仲間と『郷土日田の自然調査会』(会長 小野考)をつくり、今のうちに調査をしておこうと思い、数年かけて調査をすすめ、82年に『大川内山の自然調査報告書』を発行しました。そこから2、3年のサイクルで各地域の調査を行い報告書を作成するという活動を行ってきました。調査グループは地質、植物、野鳥、昆虫、川の生物、水質など専門分野に分かれて、20人近くのメンバーで構成していました。対象は日田市全域、ほぼ全ての地域を網羅し後世に残したいという思いもあり、13冊の報告書にまとめています。日田は林業の町なので仕方のないことですが、少し人工林の割合が多すぎるように思います。理想は自然林6割なんですけどね。」

退職後のライフワーク
「教員としては校長時代に環境教育に力を入れ、学校版環境ISOの導入を日田市に提案し、私の勤める高瀬小が学校版ISOの認証第一号として、子どもたちとさまざまな環境保護に取り組みました。水道の水を鉛筆の太さで出したり、教室にリユースとリサイクル箱を設置したり。子どもたちのアイデアは面白いんですよ。ただ…『人生の醍醐味は退職から』でした!退職後一年かけて環境カウンセラーなど3つの資格を取得し、地元の仲間と外来種の駆除活動や子どもたちと森林体験などを続けています。市議会議員も3期務め、環境問題、福祉問題、教育問題に取り組みました。現在学校教育においては、学校の勉強だけでは少し足りないと感じています。もっと自然に目を向け、自分で体験することが必要だと思っています。自然に触れることで感情が働き、大切なものを理解できるようになる。だからこそ、私は子どもたちと一緒に森へ行き続けたい。」
Vol.91 UNDER THE SAME SKY
Photo by Cotaro Ishii
Text by Yu Anai


