ヒタスタイル創刊時からコラムを執筆し続けてくれている日田唯一の映画館日田シネマテーク・リベルテの館主の原さん。美術館のキュレーターや大学の講師までも担う彼は映画や音楽や芸術を愛し、著名人やアーティストなど、人と人との繋がりを生む文化度高めのサブカルお兄さんかと思いきや、それらは自分が日田に生まれてしまったので「しょーがねぇ」とのこと。日田に三隈川が流れているように、自分の周りでただ色んなすごい事が起こっている…それは「日田のせい」なのだそう。それを誰よりもピュアに信じているからこそ、原さんはリベルテを続け、ここ日田に居るのだと思いました。
その「日田のせい」を紐解くべく、原さんが熱く語ってくれた日田の歴史についてはまた是非また別の機会に…。
野球少年からバンド青年へ
「ずっと自由すぎる父親みたいにはなりたくないと思いながらも、気付けばジャズレコードの輸入販売を行なっていた音楽好きの父と同じようになっていました。不思議です(笑)。仲間と集まり、ウイスキーや珈琲を片手に、音楽や芸術の話をする大人たちの様子をよく見ていました。中学時代には父の友人から『ビートルズを聴くならこれを聴け』とドアーズの『ハートに火をつけて』のCDを買ってもらうような環境でした。今思えばいい環境ですね。その傍らで、少年野球時代から高校野球まで甲子園を目指して本気で取り組んでいました。高校卒業後には、阪神大震災やサリン事件などがあり、進学に関心がなくなり大学へは行きませんでした。福岡で好きな映画や音楽に携われるTSUTAYAで働きました。毎週レイトショーを観ることを自分に課して映画を観たり、日田の仲間とバンドも始めました。当時はバンドブームで、後に有名になるバンドと練習やイベントで一緒になることもありました。僕たちも良いオファーはあったんですが、メジャーではなく福岡で好きな音楽をやっていきたいと思い、自分達でインディーレーベルを立ち上げました。そんな時に福岡にヨドバシカメラがオープンすると先輩が教えてくれました。カメラが好きだったこともあり面接を受けたのですが、ヨドバシさんが経営する小さなカメラ屋だろうと思い、面接ではフィルムカメラのことを熱く語り倒した結果、入社後新人で唯一すでにカメラコーナーに配属が決まっていました(笑)。バンドがやれれば、仕事は何でも楽しめました。数年後、すごい倍率の中で神社のお守りをデザインする会社へ転職。いろんな神社へ趣きました。そして日田の大原神社、高塚愛宕地蔵尊のお守りづくりに携われたことは、僕的にはかなりの達成感でした。」
日田唯一の映画館リベルテ
「三十歳過ぎた頃、リベルテのオーナーから運営依頼の連絡がありました。正直『え?僕?』でした。不安もありましたが映写機を残して欲しいという想いは強く、気付けば自分がやることに(笑)。内装も自分でデザインしました。引き継いだ当初、僕がイメージしていたものと今のリベルテに違いはありません。ただやりたいことは沢山あって、今でもオープン準備中の気分です(笑)。成功事例もなく、モデルとなる映画館がなかったので、ぼくが好きな雑誌の編集をモデルにしようと思いました。ポップなカルチャー誌の『Relax』、地域の人が素敵に取り上げられている北九州の情報誌『雲のうえ』、日々の教科書のような『暮らしの手帳』、それぞれの特徴とスタイルを自分なりに消化して体現しています。今、僕のやってること自体が『編集』のようなものです。ここでは映画や音楽やアートを通して人と人が繋がる。それに日田の要素をミックスすると、おもしろい人と事が組み合わさって究極のコミュニケーションとなる。これが”結果的”に「まちづくり」になると思っています。今では憧れの雑誌の編集者たちが友人として日々訪れてくれたり、共感するミュージシャンやアーティストもふらりと来てくれてイベントをしたり、お酒を酌み交わしアイデアを共有したりしています。これらは僕がお願いして実現してることではなく、自然と起こっていることなんです。その奇跡のような現実を僕はただ信じているだけ。それは『日田のせい』なので仕方のない事だと思っているんです。」
日田に居ても、居なくても
「映画ってこの無常な世の中に愛や希望を与えられると思っています。インスピレーションを受けたり、自分自身の気持ちに気付かせてもらえたりする。可能性に満ちた若者たちに体験してほしいものです。都会に憧れる人も多いと思いますが、日田の良さをわかっていればどこに住んでいても好きでいられると思えるようにもなりました。好きなことを研ぎ澄ませ、”暮らしの中に仕事がある”という概念が広がると暮らしが豊かになると思います。いつ終わるかわからないこの日常をワクワクしながら生きていきたい。そして、それが波紋のように広がって気の許せる仲間たちと様々な思い出を作っていけたら嬉しいです。良い思い出もそうでない思い出も、きっと生きる活力になるから。この世に生きている間は可能性に挑戦していきたい。そしてまた来世で会いましょう…話って尽きないですね。」
Vol.84 UNDER THE SAME SKY
Photo by Cotaro Ishii
Text by Yu Anai