
○ 日田市 ○アンカラTamo 代表 ○62歳 ○月隈小学校→東部中学校→日田昭和女子高校 出身
SNSで繋がるアフリカとの交流
「私には一人息子がいて、彼に日田の楽しそうな生活を見てもらうためにSNSを始めました。いつか日田に帰って来てもらいたいと思って(笑)。でもそれらの投稿が届いたのはナイジェリアの学生でした。食事をしている動画に『日本のお箸でご飯を食べてみたい』というコメントがきたんです。そう言えば頂き物の日田の竹箸がある!と思い、彼に送りました。住所は彼の通っている大学でした。そのお礼にとナイジェリアのアクセサリーとインスタントラーメン、そしてお手紙が綺麗な布に包まれて送られてきたんです。その布が今現在私が取り扱っている『アンカラ(ナイジェリアの模様布)』でした。なんだか懐かしい感じがして素敵だと思いました。彼に布のことを聞くと、お金を送ってくれれば購入できると言われ、騙されたかなぁ?と思いながら一万円を送金しました。そうすると3ヶ月後に素敵な布が2枚届きました。それをまたSNSで投稿したのをきっかけに余田先生という京都の龍谷大学の教授とのお付き合いが始まりました。私自身も色々勉強してみると、過去に日本の紡績工場がナイジェリアに技術を伝えたという歴史があることや、60~70年代に京都でつくられたアフリカンプリントが現地へ輸出されていたことを知りました。余田先生が一緒にお話を聞こうと京都工芸繊維大学に連絡を取ってくれました。そのためにはと、まずは地元新聞さんでポスティングのバイトをして、5万円貯めてまた布を買い、それを繰り返して、京都に行きました。そこで得たのは、アンカラと共にナイジェリアと日本の紡績にまつわることや私の経験などを伝え広める活動をするということでした。そして2023年に『アンカラTamo』を発足。私は縫製はしないので、できる人を探して洋服にしたり、日田の月隈木履さんに協力していただき、日田杉の下駄の鼻緒にもしました。東京での初めての販売時に特に日田下駄はお客様にとても喜んでいただいたので、自信にも繋がりました。東京では更に色んな方との繋がりができ、私の話に感動・共感をしてくれる方とのお付き合いが今も広がっています。」

国や世代を超えた人との繋がり
「最初に出会った大学生は社会人となり、現地で決済業務を担ってくれています。他に現地スタッフと東京在住のナイジェリアの方も加わり、今では売上の一部はナイジェリアの路上チルドレンへの支援にもなっています。私の活動を知った東京のアーティストの方は『バンブーチョップスティック』という曲まで作り、去年日田に披露しに来てくださいました。そして、やはり日田の方々にも知ってほしいと思い、私が結婚する前に働かせてもらっていたアップルキッズさんで販売をさせていただけることになりました。先日そこへ来てくださった日田の30代の主婦が路上チルドレンへの支援の話に感動して布を購入してくださったり、今では広告代理店に勤めている息子もSNSでの告知の仕方に意見をしてくれたり、厳しいことは言うんですけど、ちょっとしたアイデアをくれたり…。自分が活動することで、新しい発見や今までだったら知り得なかった方々との繋がりに感謝しています。」
Vol.89 UNDER THE SAME SKY
Photo by Ryo Higuma
Text by Yu Anai


