

当たり前、当たり前、世の中は当たり前に溢れている。例えば僕はいつもふらふらと歩いているが、これは当たり前なのだろうか?足が有ってこそ道が在ってこそ歩けるのだ。橋が在るから川の向こうまでも歩いて行ける。しかし国道386号線の三郎丸橋は令和6年の豪雨の影響でずっと通られずにいるのだ。福岡へと行くのに当たり前に通っていたのだが、この橋が無いと本当に不便だ。
僕はそんな三郎丸橋がどんな状況なのかを見に出かけた。しかし案の定通行止めの為に近くへとは行けなかった。遠目に三郎丸橋を眺めているが大きなクレーンやバックホウ等の重機類や、ダンプトラックが忙しく動いている。看板を見てみると日田の有名な建設業の名前がたくさん挙がっている。一流どころの名前が並んだ姿に僕は不謹慎ながら少しワクワクしてしまった。この日田市の至る所のインフラを築いてきたスペシャリスト達が集まって工事をしているのだから、まるでアベンジャーズの様にカッコいい。
僕たちが当たり前に使っている、道や橋や建物やトンネル等は危険な作業やきつい作業を乗り越えてこの建設業の方々が造ってくれたから僕たちが当たり前に使えるのだ。これは有難い事なのだ。
当事者の人達は大変だろうが物が残る仕事、地図に載る仕事、歴史に残る仕事をしている姿が本当にカッコいい。この三郎丸橋が完成したら、ここで働いている全ての人達のお陰なのだ。個人的に建設業を尊敬しているので気持ちが盛り上がってしまった。
無くなって初めて不便を知り、当たり前が消え去り有り難いを気付かされた。僕たちの生活は色んな人の苦労や頑張りを集めて当たり前に生活が出来ているのだと、この三郎丸橋に気付かされた。僕はこの三郎丸橋をまた渡れる日を楽しみにしながら、自分の周りが有り難いことに囲まれているのだと感じながら歩いて帰った。


