どうしても今伝えたい。
筑紫哲也さんを知らない方々へも
テレビの報道番組「ニュース23」のメインキャスターを務めたジャーナリストの筑紫哲也さん(2008年11月7日逝去)は日田名誉市民であり、「自由の森大学」(1994年〜2006年)の学長でした。この市民大学は補助金を使ったのが二年間だけだったので、当時手弁当のボランティア運営にガッツリ参加・奔走されていた方々や、日田を訪れる数々の著名人の言葉に直接触れられた市民の方々もとても多い事と思います。そういった方々はもちろん、小野地区で幼少期を過ごした日田に縁の深い、日田を愛してくれたそんな筑紫さんの言葉を、これから未来を創る若い方々にも、今、触れてもらいたく、戦争と平和特集で紹介させていただくことにしました。(筑紫さんの特集や、過去の戦争と平和特集は、ネットで読む事が出来ます。p9参照)
多数決を嫌った筑紫さんはいつも「少数を大切にしろ」と言ったそうです。「よりローカル・より小さい事を大切にしないと大変な事になる」と。(当時は「グローバル化」の大合唱でした。)この編集作業をしている間中、矢継ぎ早に決定されていく重要な法律改正の数々。ひとつ一つが、私たちの幸せと繋がっていると、あなたは信じる事ができますか?正解は誰にもわからないのだろうけれど…。生きてる間、楽しく幸せに少しでも長く過ごせるには?の視点で、まずは色んな方の言葉からご紹介します。


日田市名誉市民「筑紫哲也」氏語録
「国家を考える。」自我作古(われよりいにしえをつくる)(2010年日本経済新聞出版社)より引用・抜粋
軍部と産業界とが結託・融合してそのような複合体を作ることの危険性は、巨額の軍事費が兵器の調達・開発に浪費され、戦争を誘発しやすいという点にとどまらない。経済そのものが「軍事化」してしまうのである。より高性能なものをより多く求め続ける永久運動である兵器開発は、その国が持つ最先端の技術と人材を軍需産業に吸い寄せてしまう。がん細胞が体内に侵入すると、それと戦うために体力が総動員され、消耗する姿とそれは似ている。民需に専念した日本の貿易攻勢にアメリカの民間産業が次々と敗退していったのは、この体質、体力と無関係ではなかった。税金が金の出所である軍需産業には、通常の市場原理が働かない。兵器開発の技術がやがて民需に余沢をもたらすという、長く信じられてきた〝スピン・オフ〟論も、民間技術そのものが高度化した時代には神話と化した。際限なく高コストとなる兵器開発の費用を補うためと、それで悪化した貿易収支を修復するために、赴くところは兵器輸出競争となる。国連安保理常任理事国のすべてが、兵器輸出の有力国であり、世界中に武器をばらまき、紛争を深刻化、悲惨なものにしている。( 97.10.3 )
状況が悪化し、しかもそれを打開する手だてが見付けられないと思う時に生まれるのは閉塞感である。日々の努力を怠っておいて、あるいはそれを回避しておいて、閉塞感を一挙に打破しようと何かを標的と定め、それを壊すことで局面が一変すると期待する考え方である。憲法がその標的となった。政界を覆っているこの空気を、私は悪しき革命思想と呼んでいる。憲法を変えれば世の中は変わるのか。しばらく考察を続けたい。( 04.4.30 )
過去についての誤った解釈を土台にして築かれる未来がロクなことにならないのは自明のことなのに、それが起きかねないところに私たちは来ている「第二の敗北」を私たちがどう「抱きしめる」だろうか、という点( 01.9.14 )
「愛国心は悪党が立て籠もる最後の隠れ家」なのだが、悪党でない者までがそこに誘い込まれることで、流れを強めてしまう。(99. 11.19 )
不吉な予感をこめて思い起こすのは、つい一○年ちょっと前に終わった冷戦時代のことである。米ソ中軸の対立のなかで、その対立こそが自分たちの利益であった一群が双方にいた。簡単に言えばタカ派と呼ばれていた一群である。一方が軍備をエスカレートすることは他方がそれに対抗してさらに増強する口実になる。だから、双方のタカ派は互いに鋭く対立しているように見えて、自らの陣営で地歩を強固にしていく上で共通の利益があった。互いにそうやって養分を供給し合って増殖していったのである。そうでなくとも、戦い合う敵同士というのは張り合っているようで似た者同士になっていくものである。報復__再報復__再々報復の連鎖はその極限型である。( 01.10.19 )

冷戦時代、東西両陣営のタカ派たちは互いに激しく対立しているように見えて、相手に餌を与え合う「互恵」の関係であった。一方のタカ派が軍備拡張を主導すると、もう一方のタカ派はこれに対抗するための軍拡の正当化が可能となり、それが生み出す緊張がさらなる軍拡の口実になる。この循環が、全人類を七回以上絶滅できるほどの核兵器の蓄積となり、ついにはそのコストの重圧でソ連は崩壊してしまう。一回絶滅させれば人類は地上から姿を消すのに、馬鹿げたとしか言いようのないエスカレーションである。( 06.10.13 )
私たちは自分たちの国がユニークだと思い込む性向が強いが、すべての国がそれぞれにユニークであり、だからユニークであることは別にユニークでも何でもないという逆説も成り立つ。自問すべきは、そのユニークさのなかみとそれに対する確信であり、この吟味がないと、それは容易に劣等感、孤独感に転化してしまう。この転化がいま起きており、「戦前」への道を舗装する、少なからぬ役割を果たしている。
私たちは「戦中」の意味を「戦後」にどこまで掘り下げ、分析し、総括してきたのか、そしてそれを経験していない世代に有効に伝えてきたのか。その浅さが新たな「戦前」を招き寄せている最大の要因かもしれないとさえ、私には思える。取り急ぎ私なりの答えをと言えば、それはある。私たちの「身の丈」にも合っているし、他の世界のためにもなる、と思える答えである。それは「CO国家」の道を真剣に追求することだ。CO(Conscientious Objection)=良心的兵役拒否者の思想に国として徹することである。(略)もはや、ただ寄りかかるだけの「平和」はなくなった、と知るべきだ。( 99.12.17 )
第九条に負けず劣らず大事なのは第九九条なのだ。「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」このなかに国民が入っていないのは、権力の行使を縛るのが憲法だから当然の話なのである。その政治家たちが、自分たちに課された縛りをゆるめろ、なかでも現憲法では思う存分、戦争をできない国になっているから戦争をできる国にしろ、と言い出しているのが改憲論の核心部分なのだ。そうすれば、国家(権力)は「国のために死ぬことも覚悟してくれ」と自由に国民に「命令」することができるようになる。( 99.11.12 )
1.変化は急にやって来るのではなく、ほんの小さなことから、じわりじわりと変わって行き、ついには「非常時」に突入していく
2.とくに戦争を多くの人たちが心の底では望んでいないにもかかわらず、これに抵抗する動きが微弱なこと。流れには逆らえないという諦念が先に立ち「仕方がない」と思ってしまう
3.「みんな同じことを言うのは怖い」。ひとつの立場、見方による情報(しかもかなりの部分がウソ)が絶えず与えられ、人々を〝洗脳〟状態に置くことからも、それは起きたが、内心はそう思っていなくても、そう言うことが求められていると考えた人たちも「同じこと」を言う。赤紙で徴兵され戦地に向かう若者を「萬歳」と歓呼の声で送り、戦死して戻る遺骨を「名誉」として迎えいれる。しかも「同じこと」を言うのは、必ずしも上からの強制によるものとは限らない。むしろ、きついのは周りに「異論」の存在を許さず、異端狩りに目の色を変える、横からの圧力である。(同調圧力)( 99.9.17 )
バブル時代の自信過剰の傲慢がその崩壊で過度の自信喪失を生んでいるのがいまの状況だが、現状への欲求不満が民族主義、排他主義に結び付く例は世界中に限りなく存在している。そういう心理状態や気分を背景にして、もっと具体的なプログラムを用意している勢力も存在している。(略)NPT加入の批准の際、強硬に抵抗したのは当時の自民党右派だったが、来年の自動継続を控えて、それに難色を示したのは連立政権内の左派であった。核保有国の軍縮が進んでいない、という当然の理由からではあるが、だからこちらも核保有の権利を留保したいということだと核拡散は止めようがない。これまた、結果的には外部の疑念をかき立てたエピソードとなった。注:日本は1970年2月にNPTに署名し、76年に批准した。核軍縮を目的に、米露英仏中の五カ国以外の核兵器保有を禁止する不平等条約である点が国際、国内的に問題とされてきました。)(略)自分のナショナリズムは健康で人畜無害だと思い込んでいても、それで目を曇らされたり、自然な感情を巧みにからめとられるということだって少なくない。「愛国者を名乗ることは悪党の最後の隠れ家」という古いことわざは、なかなか死んでくれないのである。( 94.3.4 )
東條英機首相が演説する、その合間、合間に「万雷の拍手」が入るニュース映画映像にはかすかな記憶がある。(略)この国の民主主義は一段と腐食の度合いが進んだ。だが、「ゆでがえる」になっているのは、この国の民主主義だけではない。そのことに鈍感になっている私たち。そう私とあなたが「ゆでがえる」なのだ。
( 00.2.4 )
自分と異なる意見は聞きたくない、それと正面から向き合いたくない、というのはだれしも、どの社会にも存在する意識である。が、それが度を過ぎると偏狭な敵対しか残らなくなるし、第一、民主主義は成り立たなくなる。異なる他者の意見との〝すり合わせ〟の仕組みとして生まれた工夫が民主主義だからだ。たいていの政治課題について、こり固まって対立する立場をとる人たちは、多く見積もっても、それぞれ全体の二割、計四割だろう。残り六割のなかから、それぞれの陣営がどのくらい自分の側に賛同者を引き寄せられるか。それが民主主義というゲームのルールなのだ…。
( 04.6.25 )
「大義名分」と「天下国家」ぐらいウサン臭いものはないのだが、それが罷り通る時には必ず「大の虫を活かすために小の虫を殺す」「コラテラル・ダメージ」(目的のために切り捨てられる犠牲者)の思考が幅を利かす。( 02.9.27 )
(1996年10月20日の第41回選挙。それまでの中選挙区制に代わり小選挙区比例代表並立制で行われた。)総選挙という名が泣く、戦後最低を更新した投票率のことがまずある。ますます狭くなった闘技場でどこが勝ち、どこが敗れようと、砂上の楼閣で乱舞しているようなものだ。党派性を持った人たちだけがその結果に一喜一憂しているが、他にはろくに観客がいない。「観客民主主義」が批判されて久しいが、その観客すら存在するのか怪しい。 例によって、すべてを「他者」のせいにすることはたやすい。責めらるべき他者と標的はごろごろ存在しているからだ。( 96.10.25 )
有明海が扼殺寸前で、海苔漁場が瀕死状態なのに怒る漁師のたちのなかにも、若者がいる。いま時、家業を継ぐ貴重な人材である。が、その決意に報いるどころか、絶望の渕に沈めようとしている。この光景を見て、ますます漁業後継者はいなくなるだろう。だからと言って「陸」にそう希望があるわけではない。農業、林業もまた瀕死の状態だ。そんななかでも、何とか自分たちの生き方を見付けようと努力し、工夫している地域と人たちがこの国のあちこちに存在している。(略)自分たちで何かをしようという動きが出ている一因は、もはや「中央」や「お上」、つまり国家があてにならないからだが、この努力に立ちはだかる阻害因もまたしばしば国家である。余計な邪魔をし、ぶちこわすのは有明海、諫早のギロチンだけではない。国家=政府=行政(都道府県はその下請け機関である)は地域社会に対して下降してきて阻害的、抑圧的に振る舞う一方で、上に君臨すればするで、「全体の利益」(国益)、それを守るための「国家安全保障」などを振りかざす。(略)それにひれ伏すのは、ひれ伏す側に同じ思考回路があるからでもある。「国益」といい、「安全保障」といっても、それは国民の利益、国民の安全の総和のはずなのに、倒錯が平気で起きる。( 01.2.16 )
だれがいつ、どんな目に遭うかわからない点でテロと核とは共通しているが、この両者の結合を防ぐことは緊急の課題のはずだ。〝核クラブ〟の特権にあぐらをかいて核軍縮をさぼって来た核大国に対してNPTの真剣な再検討を迫るためにも、私たちの国が「核」におびえての対米従属から脱出するためにも。( 04.8.6 )
「実感」と「想像力」の不在(略)実感は伴わない代わりに情報だけは多量に供給される。そこで起きるのは想像力の低下である。実感が持てない事象について、人が判断するのに不可欠なのは想像力であり、それが人を人たらしめている大切な要素なのだが、それが働かない。戦場で血が飛び散り、骨が砕けることへの実感も想像力も低い…自分たちの所業が次の世代への何をもたらすかの想像力が働かない大人( 01.10.26 )
新しい憲法を作るというのであれば、時代の変化にどう対処するかだけでなく、自分たちはどういう「新しい時代」を創りたいのか、そのためにどういう国を創ろうとするのか、理想と言わぬまでも最低限の理念が示されねばならない。そして、それに国民が共感し、その実現のためにいっしょに歩んで行こうと新たな決意をかき立てるものでなくてはならない。( 05.11.4 )
(米軍統治を経ても分割もアメリカ化も起きなかった沖縄)あらゆる分野で、固有の文化の掘り起こしが進められたが、特筆すべきは「固有」と言う、そのなかみである。それは旧来の伝統を墨守(ぼくしゅ)することを意味せず、あらゆる方向から流れ込んで来る異文化を柔軟に取り込み、自己流に換骨奪胎(かんこつだったい)していくことを最大の特徴としてきた。 琉球工芸のなかでいちばん歴史が新しいのは民芸ガラスである。それは米軍が持ち込んだ色とりどりの清涼飲料水の瓶を片っ端から溶かして原料とし、米兵への土産品に変貌させることから始まった。敵の力を利用して相手に帰す空手の技にそれは似ている。言語による「文化侵略」を論ずることは重要だが、それを言語を〝主犯〟にして論ずるのは安易に過ぎる。なぜなら「文化」とは、そんなに一筋縄の代物ではないからだ。( 94.3.25 )
敵と戦うつもりなら、なぜ敵がそういう行動をし、意見をもつかの観察力、洞察力、そしてできれば説得力を持たないことには戦いにならないし、ましてや勝つことなど覚束(おぼつか)ない。( 99.11.12 )
閉塞感、孤立感が深まれば、その苛立ちでものの言い方は尖ったものになる。この国の状況がそうなのだから、この傾向はさらに強くなるだろう。加えて「理想主義の退廃」という症状もある。これぞ正しき理想という立場に立て籠もり、それに少しでも反する者には攻撃を加える。その立場がどうして正しいかを他者に説得しようとする努力や、その理想を現実化する手立てにはほとんど関心がない、唯我独尊症である。この症状は、対極にいる「敵」よりも、至近距離にいる「敵」を敵視する傾向があって、たちが悪い。実際にはたいていの問題で賛否両論の極にいる〝筋金入り〟の核心派は両端いずれもせいぜい二割程度である。言論という戦いの場では、残る六割の、濃淡の差を持ちながら揺れ動き、浮遊している人たちをどちらの側が引き寄せることができるかが勝負なのである。初めからその努力を放棄して理想主義の美学(実は退廃)に自己陶酔する仲間に入る気は少なくとも私にはない。(略)無知や偏見に対してどのような説得ができるだろうかを考えてみる得難い〝教材〟だと思ったほうがよい。( 96.12.20 )
シンポジウムや講演会で最後に、会場から一般参加者の質問、発言を受け付けることは前よりは多くなってはいるが、この国ではまだ少ない。そうすることにした場合でも、質問用紙を配って書き込んでもらい、主催者が整理した上で参加者に代わって質問する形をとることが多い。なぜそうなるのか。いくつかの理由がある。まず、主催者に催しを「つつがなく」終えたいという予定調和の心理が働いていることが大きい。質問の時間を設けても、だれも質問しないおそれがあり、そうなると会場はシラける。そうでなくとも、第一問が出る〝立ち上がり〟がわるいのは、どこでも共通している。その一方では、いったんしゃべり始めると長広舌になってしまう発言者がいて、これまたシラける。要するに私たち日本人は議論をすることに慣れていないし、下手なのだ。(略)各地で講演会・シンポジウムをやったが、会場に二本、質問者用のスタンドマイクを立ててもらい、先着順で「一問六十秒」のルールを守ってもらうことを求めた。(略)マイクの前に列をなすことが少なくなく、活発な議論となった。
( 04.8.20 )
「唯一の被爆国」として、戦後、毎年、毎年、広島で、長崎で世界の核廃絶を訴えてきたのは、何だったのか。アレは単なる空念仏だったのか。その「唯一の被爆国」ですら核武装を考えるというのなら、世界の他の国々も雪崩を打って、そちらに向いかねない。
「核クラブ」がアメリカをはじめ一向に核軍縮に取り組もうとしない状況の下では、日本の核武装は、金正日の「イラクは核を持たなかったばかりにアメリカにやられた」という主張と並んで、「自衛のための核」への説得力を持ってしまうだろう。ところが、テロとの非対称の戦争が拡散している今の世界では、冷戦時代のような核大国同士の抑止力理論は通用しない。核兵器とその拡散は、以前にまして世界を危険な場所にする公算が高くなっているのだ。
「国際社会で、名誉ある地位を占めたい」と掲げた憲法を捨て、日本にも世界にとっても益にならないことを論じてよい、タブーにしない国にしよう___。
なるほど、それが「戦後体制からの脱却」の意味なのか。( 06.11.10 )
苦境、不況を「どうする」と言うとき、
それを好況に転ずる手段として、
相変わらず経済のことだけが論じられがちです。
だが、それは手段のひとつにすぎず、
それぞれの地域社会に生きる一人ひとりが、
そこに住むことをどこまで幸せと感じ、
誇りに思えるかが究極の目的なのではないか。

引用:「自由の森大学講座 これからの日本をどうする」(筑紫哲也 福岡政行編・日本経済新聞社1998年)
「国家を考える。」自我作古(われよりいにしえをつくる)(2010年日本経済新聞出版社)
参考:「日本の憲法 国民主権の論点」(憲法プロジェクト2004・講談社)
最後に、このまちに住んでいる私達ならではのできる事。
筑紫さんが私たち日田市民ひとり一人にくれたこの言葉をお届けします。
「素朴で純情な日田を、いつまでも大事にしてください。」
想像してみてください。
自分の意志で行動が決められなかった、人生が自分のものではなかった時代。
尊い命が散っていった空と大地。
今も変わらない空の下で、八十一回目の終戦の日を迎えます。
世の中がどんなに便利になろうと私たちはナゼかそれでも、目先の事でせい一杯。だから??
大事なことの選択も誤ってしまう。
掲げられた美しく勇ましい言葉は、争いの中では常に誰かに、
誠の心とズレたところで利用されてしまう事。
「今さえ良ければ・お金さえあれば・自分さえ良ければ」では必ず行き詰まる事。
戦争への道は随分手前で止めねばならぬ事。
全ての過去の戦争は、色々な事を教えてくれ、考え続けろ!と警告を与えてくれる。
この同じ空の下、私たち日田人に日本人に、人類に、課せられた夏の課題は永遠に続くのです。(ヒタスタイル)



