「日田隠し」シリーズ⑥ 日田は「鬼の聖地」
日田の歴史を深くたどると、不思議なほど「鬼」に出会う。本来の鬼とは、単なる恐ろしい怪物ではなく、「聖なる神としての鬼」だった。 秋田・太平山三吉神社の「三吉(みよし)」には、「山鬼」や「三吉野=吉野」を鬼と結びつける伝承がある。奈良の葛城・吉野へ目を向ければ、役行者、前鬼・後鬼、大峯修験という山岳信仰の世界が広がる。役行者(役小角)そのものが、後世に「鬼」と呼ばれるような存在だった可能性はないだろうか。
日田と鬼の因果を探ると、葛城とも不思議につながる。第十三代成務天皇の頃、日田の国造に、石井神社の祭神(鬼のおくんち)である鳥羽宿禰(葛城直)が現れる。久津媛神社の近くには鳥羽塚古墳があり、その一帯には「三芳」という地名も残る。「みよし―吉野―葛城」へ通じる古い記憶が眠っているのだろうか。『姓氏家系大辞典』にも、神武東征と日田の葛城直を結びつける伝承が記されている。さらに辞書類には、「鬼の子孫」を伝える土地として京都・八瀬と九州・日田を並べる例がある。また『豊西記』には、紀州熊野の大蔵谷と妙童鬼につながる大蔵氏の祖先伝承も残されている。ここから、日田(葛城)→葛城・吉野・大峯→熊野・大蔵谷→妙童鬼→英彦山(役行者)→日田大蔵氏・浮羽河北氏という、巨大な「鬼の道」が浮かび上がる。
そして英彦山には、役小角が善童鬼と妙童鬼を連れてきたという伝承がある。さらに、日田と英彦山を結ぶ山岳世界にあるのが岳滅鬼山である。「鬼が滅びる山」という名は何を意味するのだろう。鬼は滅んだのではなく、人になったのか?。 鬼は古来「おぬ」「もの」「おん」と呼ばれた。小野は「おぬ」が変化し、そして小鹿田の「おん」という音にも、鬼が秘められているのだろうか。
さらに不思議な偶然がある。日田大蔵氏の流れをくむと伝えられる河北氏が浮羽にあり、その祖先伝承を遡れば日田大蔵氏、そして妙童鬼(女鬼)へとつながる。一方、『鬼滅の刃』の作者は、浮羽との縁を語る説がある。古代から続く「鬼」の記憶と、現代を代表する「鬼」の物語が同じ地域に重なって見えるのは、本当にただの偶然なのだろうか。
鬼は本当に滅びたのか。鬼は人となり、神となり、子孫となり、そして物語となった。 日田には、古代から中世、そして現代へと続く「鬼の魂」が今なお眠っている。


